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大発見か!! 大般若経(市指定文化財)にみる歴史の醍醐味

こんにちは。生涯学習部長の中田です。

このたび、大般若経(森光寺蔵)および独鈷杵、三鈷杵(いずれも松尾寺蔵)の3件が新たに市指定文化財に指定されました。
今回は、そのうち大般若経について紹介しましょう。

江戸時代には、和泉市域の多くの村々や寺院は大般若経600巻を所蔵し、地域の安穏や五穀豊穣、無病息災などさまざまな願いをこめて法会を営んでいました。

市史編さん室の調査によれば、江戸時代よりも前の時代に遡る大般若経は、市内で5セット確認されています。
そのなかで、最初に調査が完了したのが森光寺所蔵の大般若経です。

この大般若経は、もともと平安時代中後期から鎌倉時代のはじめのころ、播磨国の印達郷(現姫路市)の北条天満宮に奉納されたものでした。
その後の詳しい来歴は分かりませんが、遅くとも江戸時代前半までの間に、和泉の地に伝わったようです。

 

(下写真 大般若経が納められた箱)

大般若経が納められた箱

修復の経緯を記した識語

はじめは、室堂村の施音寺にあり、宝永3(1706)年には、施音寺や室堂村の人々が中心となり、大規模な補修が施されています。修復は、高野山において行われ、その費用は銀20枚でした。大般若経を収納する箱もこのとき新調されています。
明治になって施音寺が廃寺となると、大般若経は同じ室堂村の極楽寺に移され、その後、同村森光寺の所蔵するところとなりました。
(左写真 修復の経緯を記した識語)

修復の様子が具体的に分かるケースは非常に珍しいようで、地域の人々が大般若経を大切に守り、伝えてきたことがうかがえます。

 

元寇の捕虜が補整に携わったことを示す識語

もうひとつ注目されるのは、巻第498の巻末に記されている次の文章です。そこには

「大唐国江西路瑞州軍人何三於」

「弘安九年四月上旬日補整」

とあり、2度目の元寇である「弘安の役」で捕虜となった軍人が、同巻の「補整」に携わったことを示しています。
(右写真 元寇の捕虜が補整に携わったことを示す識語)

実際にどのような「補整」を行ったのかまではわからないのが残念ですが、元寇の捕虜の処遇について記した大変貴重な史料であることは間違いありません。
元寇の捕虜は処刑されたり奴隷とされたという、日本史の通説に再検討を迫る発見となりました。
 

何百年もの時を経て、播磨から和泉・室堂へと伝わった、この大般若経の運命をたどることで、和泉の歴史はもちろん、日本史、さらには東アジアの歴史が見えてくるようです。まさに、歴史の醍醐味といったところでしょうか。

なお、この大般若経については、『広報いずみ』7月号の市史だよりで紹介していますので、ぜひ、そちらもご覧ください。

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