私たちの町伯太

更新日:2020年03月02日

伯太町のひみつをときあかそう!

尼崎さんからうかがった伯太のお話

その1.伯太の地名の由来(ゆらい)

伯太神社の祭神は、伯太彦・伯太媛(はかたひこ・はかたひめ)であることが伯太の地名の由来と
言われている。伯太町は、伯太営とよばれた(伯太藩屋敷の地域)、廃藩後伯太在住となり一村をなしていたが、明治19年伯太村と合併した。それから後、昭和8年和泉町伯太となり、昭和35年和泉市が誕生し現在の伯太町となる。(私たちの伯太史より)

その2.伯太はコーヒー牛乳発祥の地

和泉市での酪農(らくのう)のはじまりは、伯太の澤田梅三郎さんからである。明治35年(1902)頃、
ホルスタイン種の牝牛一頭を輸入した。当時は牛乳のことを「牛の乳」といい、まだまだ一般家庭に
普及していなかった。1904年頃、日露戦争のロシアの捕虜が高石にきたとき、牛乳の需要が増した
ので、澤田さんは不足を補うために乳牛を増やし、搾乳業になった。
澤田さんは1917年頃、伯太小学校の三代目校長でもあった息子さんの澤田信治さんの発案で、
コーヒー牛乳やオレンジ牛乳をつくった。これらの製品は、浜寺や助松の別荘地域でよく売れたそ
うです。そんな澤田牧場も戦争が激しくなり、1935年頃にはやめざるをえなくなったということです。
戦後は日本の生活様式も洋風化し牛乳の消費も拡大したので、澤田牧場も再会されましたが、大
手メーカーが乳業に進出したため、やむなく昭和30年頃には牛乳の生産販売の暖簾(のれん)を下ろすことになりました。(私たちの郷土より引用)
今日、澤田牧場がコーヒー牛乳の発祥の地であったということを誰が知るだろう!
誠に残念に思うと同時に、大きな声で世間にしらしめたい気持ちです(尼崎さん)

以後 続く…

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